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大津地方裁判所 昭和45年(ワ)107号 判決 1979年8月13日

原告 虎姫漁業協同組合

右代表者理事 堀川吉雄

右訴訟代理人弁護士 関田政雄

同 竹田実

右関田政雄訴訟復代理人弁護士 服部俊明

同 中山巧

被告 長浜市

右代表者市長 片山喜三郎

右訴訟代理人弁護士 浜田博

同 中坊公平

同 谷澤忠彦

同 正木丈雄

同 井上啓

右浜田博訴訟復代理人弁護士 渡辺信男

同 武川襄

右指定代理人 吉井勘一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二一七六万二六〇円及び内金一〇〇〇万円に対する昭和四四年一二月一二日以降、同一一七六万二六〇円に対する同四九年七月二三日以降、同支払済に至るまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、水産業協同組合法に基づき昭和二八年九月一四日に設立された漁業協同組合で、(一)水産動植物の繁殖保護、その他漁場利用に関する施設(二)組合員の漁獲物その他の生産物の運搬、加工、保管又は販売(三)水産に関する技術の向上、組合員の福利厚生施設(四)やな漁業の経営等の各事業及び右の各事業に附帯する事業を行うものとされ、現在組合員は二一名であり、役員である理事五名によって運営され、組合員の外部との交渉、契約、漁場の管理等については、原告組合が組合員のためにすべて原告組合の名において行ってきたものである。

2  原告組合が組合設立の時から今日まで行ってきた事業中に琵琶湖岸でなす追さで網漁業(五人前後の者が一組となり、一張りのさで網つまり二本の長い竹を扇形に組み合わせこれに網を張ったものに鮎を追いこんでこれを採捕する漁業)があるが、昭和三七年三月ころからは隣接漁業協同組合との間で締結された追さで網漁業の漁場区域割協定により原告組合の右漁場は、滋賀県東浅井郡びわ村南浜水泳場内古桟橋を北限とし、同県長浜市下坂浜浄水場を南限とする琵琶湖岸とされたところ、右漁場内の豊公園地先の湖岸は、追さで網漁業に適する湾入した遠浅の地形、清澄な湖水の条件を具備した右漁業の最適地であったものである。

なお、滋賀県漁業調整規則〔昭和二六年同県規則第三二号(以下「旧県規則」という。)及び昭和四〇年同県規則第六号(以下「新県規則」という。)〕によると、追さで網漁業を営む者は、県知事の許可を受けなければならないものとされているが、原告組合においては、原告組合名義の右許可はないが、昭和三九年までは、その組合員である松村豊四郎らが受けていた追さで網漁業許可により、同四〇年から同四四年までの間は、右許可を受けていた隣接の朝日漁業協同組合の組合員である片山藤一を雇入れて、その許可により、同四五年以降は、原告組合の組合員である堀川吉雄ら三名が共同して受けた右許可により、それぞれ適法に追さで網漁業を営んできたものである。

3(一)  しかるところ、被告は、昭和四二年一一月二〇日、滋賀県知事に対し、滋賀県長浜市公園町字本丸一一六五番地の三地先、同所一一八四番地、同町字欄干一二八四番地の三地先から同町字浜畑二四二番地、同所二四三番地の一地先、同所二四四番地の一地先、同所二四五番地の一地先、同所二四六番地の一地先、同所二五八番地の二地先、同所二五九番地の二地先、同所二六七番地の一地先、同所二六九番地の六地先、同所二八六番地の二地先の公有水面(面積九万三九八四・五七五平方メートル)につきその埋立の許可申請をなし、同四四年一月三〇日右許可を受けた。右埋立予定地には前記豊公園地先湖岸が含まれている。

(二) 被告は、昭和四四年三月ころから右埋立工事(以下「本件埋立工事」という。)に着手したが、右工事の方法は、カッターと称する大きな機械で沖合の湖底をかき混ぜ、浮上した土砂を湖水とともに湖岸に移動させ、同所に沈澱させて埋立するというもので、右工事により湖水が極度に汚濁されるとともに工事に伴う騒音が発生したため、原告組合では右工事期間中は、右埋立予定地付近の前記漁場で殆んど追さで網漁業を営むことができなかったうえに、本件埋立工事の完成によって、原告組合の右漁場は、追さで網漁業のための前記適地条件を欠くものとなり、原告組合は、右漁業の最適地を永久に失うこととなった。

4(一)  被告の本件埋立工事の実施は、原告組合の前記漁場における追さで網漁業の操業を妨害する違法なものであり、また被告は、原告組合が本件埋立工事の実施により原告組合の右操業が妨害されることを理由に繰り返し工事の中止を求めていたのにこれを無視して右工事を強行したものであるから、被告は、民法七〇九条により、右工事の結果原告組合に生じた損害を賠償すべき義務がある。

(二) 仮に被告の本件埋立工事の実施が公権力の行使に当るというのであれば、普通地方公共団体たる被告の公務員で公権力の行使に当る市長の片山喜三郎が前記埋立により原告組合の営んでいる追さで網漁業の最適地である前記漁場を失わせ、原告組合の右漁業の操業を妨げる結果となることを予見し、または少くとも予見しえたにもかかわらず、観光、開発、埋立の各ブームに眩惑され、その職務執行として本件埋立工事を敢行して、前記のとおり、原告組合の営む追さで網漁業の操業を妨げたものであるから、被告は、国家賠償法一条により、本件埋立工事の結果原告組合に生じた損害を賠償すべき義務がある。

5  原告組合は、被告の本件埋立工事により、次のような損害を被った。

即ち、原告組合は、前記漁場において、本件埋立工事による影響が未発生の昭和四四年には追さで網漁業により五六八三キログラムの若鮎を採捕し、三九四万円の収入を得た。しかるに本件埋立工事の影響により、原告組合の右漁業による若鮎の収量(売上金額)は、同四五年には七八五キログラム(七九万四六二〇円)、同四六年には三二一キログラム(三五万三〇〇〇円)、同四七年には一三五二キログラム(一三三万三九〇〇円)、同四八年には一一九〇キログラム(一七九万四三〇〇円)であり、同四四年の収量との差が被告の本件埋立工事による減収分と考えられる。そこで、同四五年から同四八年までの間の各年の減収分に各年の若鮎の平均単価を乗じて算出した右減収分の価格である金二一七六万二六〇円が被告の本件埋立工事により原告の受けた損害額になる。

6  よって、原告組合は、被告に対し、第一次的には民法七〇九条にもとづき、第二次的には国家賠償法一条にもとづき、金二一七六万二六〇円及び内金一〇〇〇万円に対する不法行為後の昭和四四年一二月一二日以降、内金一一七六万二六〇円に対する請求の拡張を記載した原告組合の準備書面送達の日の翌日である昭和四九年七月二三日以降、各支払済に至るまでいずれも民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1項のうち、原告組合と組合員との関係についての主張事実中原告組合がその組合員のために原告組合の名をもって外部と交渉したことのあった事実は認めるが、その余の点は不知、同項のその余の事実は認める。

2  同2項の事実中、原告組合がその事業として追さで網漁業を営んできたこと、原告組合が隣接漁協との間でその主張するような協定を締結しその主張するような漁場の割り当てを受けたこと、豊公園地先が追さで網漁業の最適地であったことの各事実は否認する。追さで網漁業の漁法及び漁場の条件、新旧両県規則の規定、原告組合に右漁業の許可がないこと、昭和四五年五月以降原告組合の組合員が右漁業の許可を受けていること、以上の各事実は認める。

3  同3項(一)の事実は認める。同(二)の事実中、本件埋立工事の工事方法の点は認めるが、その余の事実は否認する。なお、被告が本件埋立工事用の事務所を設置したのは、昭和四四年五月一五日、本件埋立工事に着手したのはそれより二、三か月後である。

4  同4項及び(二)の各事実は否認し、各主張は争う。

5  同5項の各事実は否認する。なお、昭和四四年は、若鮎の豊漁期にあたっていることが統計上明白であるから、同年の収量を基準にして減収分を算定している原告組合の損害額の算定方法は、不合理である。

第三証拠《省略》

理由

一  請求の原因1項の事実のうち原告組合と組合員との関係についての主張部分を除くその余の事実については当事者間に争いがない。

二  同2項の事実のうち、追さで網漁業の漁法及び漁場の条件、新旧両県規則の規定内容、原告組合が追さで網漁業の許可を有するものでないこと、昭和四五年五月以降原告組合の組合員が右漁業の許可を受けていること、以上については、当事者間に争いがなく、原告組合が組合設立の時から昭和三九年ころまでの間追さで網漁業を営んできたとの点を除いたその余の事実は、《証拠省略》を総合してこれを認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  同3項(一)の事実及び(二)の事実のうち本件埋立工事の工事方法は当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すると、被告は、昭和四四年五月ころ、本件埋立工事用の事務所を設置し、同年夏ころから本格的に右埋立工事を始めたこと及び右工事により、原告組合では、本件埋立予定地内で追さで網漁業を営むことは不可能となったばかりでなく、右工事施工中は、その予定地近隣においても、右工事に伴う騒音が発生し、湖底の土砂を攪拌することによって生じた濁水の一部が流出して若鮎の棲息環境が悪化したため、殆んど右漁業を営むことができなかったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

四  原告は、被告の本件埋立工事の実施が原告組合の追さで網漁業の操業に対する妨害として違法なものである旨主張するので、以下この点について検討する。

1  新県規則において原告の主張する追さで網漁業を営むには県知事の許可が必要とされていることは、前判示のとおりであり、右許可を得ることなしに追さで網漁業を経営することは右規則上禁止されているものであるところ、《証拠省略》によると、無許可で右漁業を経営した者は、新県規則により、犯罪を犯した者として六月以下の懲役もしくは一万円以下の罰金に処せられ、またはこれを併科される(新規則六条、六一条一項一号)こととなるのみならず、右犯罪にかかる漁獲物、その製品、漁船及び漁具で犯人が所有するものは、没収することができるものとされているとともに、右犯行時犯人所有の右物件で右による没収ができないものは、その価額を追徴することができるものとされている(同規則六一条一項及び二項)のであるから、追さで網漁業の無許可経営をする者が右漁業の経営について有する経営主体としての利益は、法的保護に価するものとみることはできず、したがって右利益が侵害されたからといって、そのことだけで直ちに右侵害行為が違法のものということはできない。

2  これを本件についてみるに、原告組合が追さで網漁業の許可を有することなく追さで網漁業を営んできたことは、前判示のとおりである(原告組合の追さで網漁業の右経営の実情をみるに、《証拠省略》を総合すると、原告組合では、追さで網漁業の無許可経営の非難を避けるため、自己の組合員中に右許可を有する者があるときは、その者の許可に基づくものとして、自己の組合員中に右許可を有する者がないとき(昭和四〇年ころから同四四年ころまでの間)は、隣接漁業協同組合の組合員にして右許可を有する者一名(朝日漁業協同組合の片山藤一)に協力を求め、その者の許可に基づくものとして、追さで網漁業を経営し、その経営に当っては、さで網や小舟などの右漁業に必要な用具は原告組合があてがい、右漁業従事者は原告組合の組合員で右漁業に経験のある一〇名ないし一一名の中から、漁期の期間中、一日に四、五名の者が交替で出ることと右協力を必要とした際に前記片山藤一の参加を得ることでまかない、右漁業の漁獲物は、原告組合が原告組合の名で出荷して、その代金を受領し、原告組合がその一定割合(七パーセント)を原告組合の諸経費に充てるため控除して残額を右漁業従事者に分配したが、右分配については、前記片山藤一に対しては、日当ないし謝礼の趣旨で、その参加日数に応じ、水揚額にかかわらず、一日当り約七〇〇〇円の金員を支払い、原告組合の組合員である右漁業従事者に対しては、前記許可証の有無による区別を設けず、毎月、右漁業に従事した日数に応じて配分したが、右配分額は、水揚額の多寡に応じ一日当りにして少ないときで約四〇〇〇円多いときで約一万円となったこと、以上の各事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。右事実によると、原告組合が営んできた追さで網漁業は、必ずしもその経営形態が明確なものとはいいがたく、一概に原告組合の純粋単独の経営とみることは、右漁業運営の実態にそぐわないように考えられるものの、少くとも原告組合が右漁業につき経営主体の立場で関与していたことは否定できない。)から、原告組合が追さで網漁業に経営主体として関与している面においては、原告組合は、追さで網漁業の無許可経営者とみる外なく、そうすると、被告の本件埋立工事によって侵害されたとする原告組合の利益(漁獲物による収入)が原告組合の追さで網漁業の経営主体としての利益に外ならないものと解される以上、原告組合の右利益は、法的保護に価するものといいえず、したがって、これを侵害したことを理由に被告の本件埋立工事の違法をいう原告の主張は、採用することができない。

なお、原告が主張する追さで漁業の経営には、原告組合の組合員でその許可を有する者が関与している一面もないではない事情が前判示の事実関係よりうかがわれ、この者が右漁業の経営主体として有する利益の法的保護については、前判示の原告組合におけるような、これを欠く事由がないところ、原告は、原告組合の組合員の外部との交渉、契約、漁場の管理等については、原告組合が組合員のためにすべて原告組合名において行ってきたものである旨主張するところがあり、右主張の趣意には、原告組合が右組合員の被告に対して有する損害賠償債権を理由に本訴請求をなすことをいう点が含まれるものと解されるところ、右組合員の受けた損害額は本件における全証拠によってもこれを確定することができない点を暫く措くとしても、原告組合が本訴で自己の名において右組合員の損害賠償債権を主張して本訴請求をなしうる根拠についての具体的な主張とその立証はないので、原告の右主張は、採用することができない。また、右主張の趣意には、原告組合の追さで網漁業の経営は、原告組合の組合員が得た許可に基づくその組合員の追さで網漁業の経営と同一に評価すべきもので、無許可のものとみるべきでないことをいう点も含まれていると解されるとしても、《証拠省略》によると、追さで網漁業は、新県規則上、その許可を受けた者自身が営むべきものとされ(同規則六条、一〇条、一一条参照)ていることが認められるから、右原告の主張は、主張自体理由がないものというべきである。

五  そうすると、被告の本件埋立工事が違法であることを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものといわなければならない。

六  よって原告組合の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上清 裁判官 小松平内 裁判官笠井達也は、転補により署名、押印することができない。裁判長裁判官 井上清)

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